2011年6月18日土曜日

「App Storeはほとんど死んだ」——UEI清水氏

 通信キャリア各社がスマートフォンに注力し、モバイルビジネスの主戦場はスマートフォンへとシフトしている。スマートフォン向けアプリビジネスでは、「マーケットで容易にアプリを配信できる」「世界を相手にビジネスができる」といった魅力が語られてきた一方、「マーケットでアプリが埋もれる」「有料コンテンツが売れない」など、ビジネスの難しさも長らく指摘されてきた。

 「ひとつ確実に言えるのが、App Storeはほとんど死んだということ」——。6月10日に開催された「Interop Tokyo 2011」で、ユビキタスエンターテインメント(UEI)の清水亮代表
取締役社長と、クウジットの開発部 シニアアーキテクト、三屋光史朗氏らが「スマートフォンアプリ時代のビジネス戦略」と題した講演を行った。清水氏はアプリマーケットが置かれた厳しい状況を指摘し、その中で「小さい会社ながら億単位で稼いでいる」という同社流のビジネス戦略を説明。三屋氏は、同社が注力するユーザーの位置や行動と連動したサービスへの期待を語った。

「子ども食い」が始まったiOS——「残るのはエンターテインメント」
 ユビキタスエンターテインメントは2003年8月に設立し、モバイル向けサービス/ソリューションを中心に事業を展開。2008年にiPhone向けアウトラインプロセッサ「ZeptoLiner」やノートアプリ「Zeptopad」を開発するなど、早くからスマートフォン事業に着手している。

 テクノロジーの変化の節目に起こる「ソフトがない状態」を先取りし、サービスを放つのが清水氏の考える成功の1要素。そのため、同社ではR&D活動に力を入れており、これまでも研究成果を生かしたプロダクトを展開してきた。例えばZeptopadは、iPhone登場以前から着目していたマルチタッチUIを積極的に取り入れたことで、App Storeのトップセールスにランクインしつづけるなど
好評を博したという。さらにこの春には、大学生を中心とした研究開発部門「秋葉原リサーチセンター」(ARC)も立ち上げ、さらに活動を推進する考えだ。

 先端技術を追いかけつつ、長年スマートフォンのアプリビジネスを見てきた清水氏だが、その現状に対しては厳しい考えを示す。「ひとつ確実に言えるのが、App Storeはほとんど死んだということ」(清水
氏)。「iOSはiOS 4でほとんど進化が止まっている。次に起こるのはカニバリズムというか、子ども食いのような考え方。自分たちのマーケットにある"美味しそうなアプリ"の機能をOSに取り組んでいく」(清水氏)

 6月のWWDC(Appleの開発者会議)で発表されたiOS 5には、ロック画面から素早く利用できるカメラ機能やTwitter連携機能、クラウドを使ったコンテンツ共有機能などが追加された。こうした新機能は、例えば高速起動を売りにするカメラアプリや各種のTwitterアプリ、Dropboxなどのクラウドアプリを不要にする要因になりかねない。人気の高いサービスがAppleに"回収"されてしまう状況は、サードパーティーにとって厳しいものだ。

 この事態は清水氏にとって既視感のあるものでもある。「昔はマイクロソフトがやっていたこと。CD-Rの書き込みソフトが売れていた時に、それがOSの機能として組み込まれた」(清水氏)。さらに、「生き残るのはゲームもしくはエンターテインメントだけだと思う」(清水氏)とも。「現状では(UEIは)あまりエンターテインメントをやっていないが、最後に残るのはエンターテインメントだと思っている。社名にもその思いがこもっている」(清水氏)

 さらに、iOSの対抗馬として期待されているAndroidに対しても、「Androidマーケットはいまだに壊れている」と清水氏は悲観的だ。「有料アプリの多くが100ダウンロードに満たないという調査もある。これでは学生のバイト代にしかならない」(清水氏)。

 Androidマーケットは登場した当初、ランキングをはじめとする回遊性向上の仕組みがなかったり、24時間返品ができるためにコンテンツの"タダ読み"が成立してしまったりと、いくつかの課題を抱えていた。Googleはマーケットを徐々に改善しているものの、清水氏にとっては積極的にアプリを配信したい状況にないようだ。

 同氏はむしろ、通信キャリアが用意する独自マーケットに期待を寄せている。「今年の年末から来年にかけて、"日の丸キャリア"が独自の課金手段などを整備した"正しいAndroidマーケット"を用意してくれることに期待する」

UEIの戦略は「ソリューション」と「ゲーミフィケーション」

 こうした中で、同社はアプリビジネスをどのような戦略で展開しているのか——。清水氏は「ソリューション」「ゲーミフィケーション」という2つのキーワードを掲げ、戦略を説明した。

 ブランディングや自社製品の販促などを目的に、独自アプリの開発を検討する企業は少なくない。同社は研究開発のノウハウを生かしながら、企業のニーズに応えるアプリの開発やミドルウェアの提供を行っている。

 例えば、経済産業省の実証実験と連携して提供したARアプリのノウハウを生かし、オリックス自動車のカーシェアリングアプリを開発。ARの目新しさもあって、カーシェアリングの会員登録が2倍に伸びるなどの効果が出たという。その後、ARアプリ開発ミドルウェア「ARider」をリリースし、みずほ銀行のアプリに採用された。

 「スマートフォン向けソリューションはこれからもっと活躍していく。フィーチャーフォンより自由度が高く、Androidではホームスクリーンなども変えられる。企業内で閉じたサービスなど、B2Bのソリューションもこれからどんどん出てくるのではないか」(清水氏)

 もう1つの戦略はゲーミフィケーション。端的に言えば「なんでもゲーム化する」ことだという。これは、サービスにゲーム性を持たせることで利用者のモチベーションを高め、参加度を高めていく発想だ。その1例として、清水氏は電通と企画した「BANG
100 MILLION MINES」というアプリのアイデアを紹介した。

 清水氏によれば、同アプリは"社会貢献をゲーミフィケーション"したものだという。一種の位置ゲーであり、日本中にバーチャルな地雷を1億個配置し、プレーヤーがそれを除去するのだが、この地雷除去と連動してカンボジアに存在する現実の地雷も除去されるという、マッチングギフトのような仕組みが想定されている。ソーシャルゲームが「お金を払ったことがむなしくなる。空中に消えていく」のに対し、清水氏は「自分が遊んだ分だけ地雷が除去されるのなら、こんなに達成感のあることはない」と、企画の実現に期待を込める。
 さらに、若手プログラマ育成を目指したゲーム開発コンテンスト「9leap」では、"ゲーム開発自体のゲーミフィケーション"にも着手した。アプリを公開しているコンテストサイトに、アプリの投稿回数や評価回数、プレイ回数などによってユーザーの称号が変化するといったゲーム要素を組み込み、コミュニティーの活性化を狙っている。「ゲームを作るのは面倒でモチベーションがいる。そこでゲーミフィケーションを取り入れた」(清水氏)。

 HTML5/JavaScriptベースで扱いの簡単なゲーム開発エンジン「enchant.js」の無料公開と併せて同企画は開始され、1カ月強で170本以上のアプリが公開された。「人が集まるところ、特に作り手が集まるところでは何らかのビジネスができると思っている」と、今後のビジネス発展を模索している。

クウジットが考えるローカルグラフ活用


 近年はソーシャルグラフを活用したサービスに注目が集まっているが、スマートフォン時代にはユーザーの位置や状態から導きだされる"ローカルグラフ"を使ったサービスやメディアが生まれる——。クウジットの三屋氏はそう話す。

 クウジットは、Wi-Fiを活用した位置推定ソリューション「PlaceEngine」や、「KART」「CyberCode」といったAR技術を使ったアプリなどを提供している企業。社名は「空」と「実」の組み合わせに由来し、リアルとバーチャルを融合する技術やサービスに強みを持つ。

 同社にとってスマートフォンは、目指すサービスを実現するのに最適なツールだ。スマートフォンはGPSなど各種センサーを備えていることはもちろん、アプリを常時起動できる特徴がある。端末のセンサー情報を必要なときに読み取り、解析することで、ユーザーがどこにいるか、同じ場所に誰がいるか、その場所で何をしているのかといったコンテキストに合ったコンテンツやサービスを提供できるようになる。

 同社では、行動記録・解析ソリューションとして「KRM(Koozyt Reality
Mining)」を開発。独自の行動ロガーで取得した、GPSやPlaceEngineによる位置情報、加速度センサーなどのデータを解析することで、「どこで買い物をした」「どこで休憩をした」といったユーザーの行動履歴が推測できるようになるという。こうしたデータを生かせば、あるエリアで買い物を頻繁にするユーザーにターゲティング広告を展開するといったことが可能になる。 Facebookが場所にひもづいたクーポンサービス「Facebookチェックインクーポン」を開始するなど、位置情報とひもづいたサービスの注目度は年々高まっている。一方で、モバイル端末のセンサーで収集できるコンテキスト情報は膨大にあり、これらをどんなアルゴリズムでコンテンツやサービスと結びつけるかは各社が手探りの状態と三屋氏はみる。だからこそ「ビジネスチャンスがある」と、三屋氏は今後のサービス展開に期待を込めた。