2011年6月9日木曜日

iCloudに対する既視感と新規性

 iCloudに関する噂は今年(2011年)の初め頃から繰り返し耳にしていた(もちろん、その内容は噂の域を超えるものではなかったが)。単純にiTunesのクラウド化という話だけなら、昨年(2010年)から話題に上っていたと思う。とはいえ、多くは漠然としたもので、ライバルたちが徐々に進めていたクラウドを活用したiOS母艦のバーチャル化なのだろう程度の話である。

 この話に注目していた理由は、手前味噌ながら、筆者の最近著で"iOSの位置付けが変更されるだろう"としていた予測が、どこまで方向として正しいかを確認したいという気持ちが強かったからだった。

 その中でiOS搭載デバイスがより発展するためには

・iOSの使いやすさの源泉であるシンプルさを保ちながら、母艦であるパソコンから独立した存在になること
・シンプルさを維持するため、ネット上のサービスを"母艦"に見立てた枠組みを作ること
・コンピュータの処理能力を間接的に活用できること
・ソニーが提供しているようなデータアップロードを伴わないクラウド型のメディアライブラリ機能に対応すること

などが必要だと書いていた。おそらくAppleはこれらすべてに、もれなく対応することになるだろうとも考えていた。これは予言でも、当て推量でもなく、そうなる必然性があるからだ。すべてユーザーの利益になるだけでなく、Appleの事業にとってプラスになる要素なのでトレンドとして取り入れない理由はない。

 一方、良い意味で予想を裏切るかもしれないという期待も密かに抱いていた。ところが、まったく予想通りとは言わないものの、少なくとも表面的にiCloudに意外性はなかったと言える。これは言ってみれば、特定のミドルウェア機能を組み込んだオンラインストレージサービスだ。

 単純なストレージ機能を提供しているわけではないが、1990年代終わり頃のXMLによるインターネット上の情報リポジトリ(格納庫)サービスと考え方はほとんど同じだ。XMLによってスキーマを定義し、データに意味を持たせることで、複数のアプリケーションから利用する情報を1つにまとめようとした。

 iCloudのアプローチはもっと単純で、用途やデータタイプをあらかじめ想定する範囲とした上で、シンプルな利用方法で簡単にデータを共有しようという提案だと思う。従来は何か1台の母艦と決めたパーソナルコンピュータ上のデータとiOS機器を同期していたが、iCloudはクラウドの中に用意した仮想的な記憶装置(を備える仮想コンピュータ)が同期の相手だ。

 WWDC基調講演のあと、海外の情報サイトでAppleが"同期"という言葉を使っていないことを指摘するのを見た。日本語のニュースリリースもチェックしてみたが、やはり(おそらく意識して)同期というキーワードを使っていない。推測だが米Appleはプレスの先行オリエンテーション(Appleはメッセージが明確を伝える事を意図して、各国から選んだごく一部報道関係者に、先行して機能やマーケティングメッセージの情報を渡している)で、同期という言葉を使わない事に関してクギを刺されたのではないだろうか。

 しかし、iOSデバイスとiCloudの間のプロセスを俯瞰して見るれば、やっていることは同期に他ならない。同期ではないというのは、従来とは異なる手法であることを強調するためだろう。iCloudのコンセプトは、一般的なオンラインストレージが持つ多様な機能やサービスを一カ所に集めたような構成だ。それ故、機能だけを追っていると既視感が強く、新味に乏しいという印象しか残らない。

 しかし、技術やコンセプトの話をいったん置いておき、ユーザーの視点、使い勝手から見ると、iCloudのそれは同期とは一味違うものになっていると思う。Appleが、"今日までに提供されてきたあらゆるサービスを超える無料のクラウドサービス"と自画自賛するほどの違いが出るかどうかは、実際の実装やWindowsでの振る舞い、iCloud Storage APIに対応したアプリケーションの開発動向
などを見なければ判断できない。

 だが、そのシンプルな実態とは裏腹に、ユーザーが抱えてきた問題を解決する糸口になるかもしれない。

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