2011年6月1日水曜日

Qualcommが始動する次世代Snapdragonの戦略

 QualcommはCOMPUTEXでプレスカンファレンスを開催。同社の次世代モバイルCPUコアアーキテクチャ「Krait」搭載チップのサンプル出荷が来週から始まることを明らかにした。Kraitを搭載するのは、モバイル向け統合チップセット「Snapdragon」ファミリの新製品「MSM8960」。MSM8960はデュアルコアCPUにGPUコアや3G/LTEモデムやWiFiなどを統合したSOC(System on a Chip)で、スマートフォンやタブレットをメインターゲットとする。「Kraitテクノロジでは現行のSnapdragonに対して150%高いパフォーマンスを、65〜75%の低電力で提供できる」とQualcommのLuis Pineda氏(SVP, Product Management, Computing & Consumer Products)は語る。

 Qualcommは、現在のSnapdragonファミリのCPUコアとして独自開発の「Scorpion」アーキテクチャ系を使っている。KraitはScorpionの後継となるアーキテクチャで、Scorpion系よりパフォーマンスレンジを1段伸ばす。KraitはScorpionのマイナーチェンジではなく、完全に新しいアーキテクチャだという。

 ARM自体のCPUアーキテクチャと比較すると、ScorpionがARM Cortex-A8/A9対抗で、KraitがARM Cortex-A15対抗という位置づけになる。より詳しく見るとScorpionとCortex-A9がどちらも2命令デコードのOut-of-Order実行スーパースカラパイプライン。Cortex-A15が3命令デコードのOut-of-Order実行スーパースカラで、Kraitは詳細は明かされていないがQualcommによると3命令以上のデコードのOut-of-Order実行スーパースカラだという。

 つまり、Qualcommは、アーキテクチャ的にはARMの次世代コアに相当するチップを、他社に先んじて投入する計画がオンタイムで進行中であることを示したことになる。QualcommはKraitがCortex-A15を凌ぐパフォーマンスと省電力性を持つと説明しており、クアッドコアまでのロードマップを明らかにしている。

 通信チップメーカー最大手のQualcommは、2005年前後から自社独自のアプリケーションプロッッサ(携帯機器の汎用CPUコア)の開発をスタートさせた。Qualcommは2007年の「Microprocessor Forum」で、CPUコア開発の理由について、将来の携帯デバイスが高パフォーマンスのコンピューティング機器に進化すると判断したためだと説明している。その時は、2008年以降に2000 DMIPS(Dhrystone Million Instructions per Second)のパフォーマンスを500mW以下で実現する必要があると説明した。

 しかし、2005年以前のARM系CPUの性能レンジは数百DMIPSであり、目標に遠かった。そのため、Qualcommは自社による2000 DMIPSレンジのARMコアの開発に乗り出した。それがScorpionアーキテクチャであり、Scorpionを搭載したSnapdragon系チップセットだった。Qualcommは2007年のMicroprocessor Forumでチップアーキテクチャを発表した後、2008年にサンプルチップをリリース、2009年からは搭載端末が登場した。

 もっとも、ARM自身もCortex-Aファミリの開発を進めており、Scorpion系とオーバーラップしてCortex-A8に続きCortex-A9をリリースしている。現状では、ハイパフォーマンスのARMコアは、この2系統のアーキテクチャで占められている。

 ちなみに、ほぼ同時期にIntelもローパワーCPU「LPIA」の開発をスタートさせている。LPIAは後にAtomとブランディングされる。AMDも同様で、この時期に各社が一斉にローパワーでハイパフォーマンスのCPUコアの開発を始めている。

 x86系とARM系がお互いを意識しながら、同じレンジのCPUの開発競争に入り、その中でARM系で先陣を切ったのがQualcommだった。ある業界関係者によると、Intelが2007年頃にAtomの説明にベンダーを回った時は、Scorpionに対してどれだけの性能アドバンテージがあるかを説明して行なったという。IntelがAtom対Scorpionという図式を予想していたことがわかる。

 ハイパフォーマンスARMコアの開発を早期から進めたQualcommは、スマートフォン競争の緒戦では成功を収める。4月に行なわれたモバイルCPUのカンファレンス「Linley Tech Mobile Conference」での、Linley Gwennap氏(Principal Analyst, The Linley Group)によるマーケットオーバービューでは、iPhoneにARMコアのSoCを提供するSamsungと並んで、SnapdragonのQualcommが急成長したことが示された。

 特に、Snapdragonが目立ったのはAndroidデバイスだ。Snapdragonは、Google自身の最初のAndroidスマートフォンである「Nexus One」や、ソニー・エリクソンのAndroidスマートフォン「Xperia」に採用された。当初は、Android端末は、ほぼイコールSnapdragon端末だった。

 しかし、当初の65nm版Snapdragon(最高1GHz)のパフォーマンスには、ソフトウェアデベロッパからは不足だという声も多く挙がった。スマートフォンの進化によって、求められるパフォーマンスレンジが急激に上がってしまったためだ。ある携帯機器系のソフトウェアデベロッパは「1GHz CPUと聞いて期待した性能とは全然違った。PC向けCPUと同じ感覚では扱えないとわかった」と語っていた。

 こうした状況で、他社の動きも活発化した。NVIDIAがデュアルコアARM Cortex-A9のTegra 2を投入、クアッドコアのTegra 3(Kal-El)もサンプル出荷、Samsungが製造するApple CPUもA5でデュアルコアCortex-A9になり、他のベンダーが一気によりハイパフォーマンスなARMソリューションを投入し始めた。その一方で、IntelのAtom系のタブレット以下の市場への浸透が遅れた。そのため、構図はIntel対Qualcommではなく、ARM陣営の各社が入り乱れた乱戦状態になった。

 高まるパフォーマンス要求と競合の急速な展開で、Qualcommもパフォーマンスレンジを引き上げた製品を矢継ぎ早に投入しなければならなくなった。そこで、ScorpionコアをデュアルにしたSnapdragonを投入、さらに、次世代コアKraitを急ぎ投入しつつある。Kraitは、動作周波数を引き上げるだけでなく、クロック当たりのパフォーマンスも上げる。それによって、高まるスマートフォン&タブレットでの性能要求に応えて行く計画だ。

 Snapdragonは4世代に分けられる。第1世代が65nmプロセスのシングルコアScorpionで最高1GHz、第2世代が45nmプロセスのシングルコアScorpionで最高1.4GHz、第3世代が45nmプロセスのデュアルコアScorpionで最高1.5GHz、そしてこれから登場する第4世代が28nmプロセスのシングルからクアッドのKraitコアで現在のターゲットは1.7GHzだ。GPUコアは旧AMDの携帯電話向けGPUコアのIPを発展させたAdrenoアーキテクチャで、第1〜3世代までのSnapdragonがAdreno 2xx世代、第4世代はデュアルコアKraitがAdreno 2xx世代、クアッドコアとシングルコアがAdreno 3xx世代のコアを搭載する。

 1〜3世代のScorpionコアはSnapdragonの世代によって拡張はされているが、基本アーキテクチャは同じだと言う。2命令発行のスーパースカラパイプラインでOut-of-Order実行。パイプライン段数は65nm版は整数パイプで10〜12段で、65nm時のステージクリティカルパスディレイのターゲットは24 FO4(Fanout-Of-4)。Qualcommでは、この程度のFO4が、消費電力と周波数のスィートスポットだと説明していた。パフォーマンス当たりの電力は65nm時に0.14mW/DMIPとなっている。

 CPUの命令セットアーキテクチャは、ARMのCortex-Aシリーズと同じARM v7命令セット。ARMのSIMD(Single Instruction, Multiple Data)拡張命令であるNEONをサポートする128-bit幅のSIMD演算ユニット「VeNum」を実装する。システム全体では、CPUコア以外にGPUコアのAdreno、ビデオエンジン、オーディオエンジンに加え、ネットワークモデム部も備える。完全な通信デバイス向けSOCとなっている。

 以上の基本ユニットに加え、デュアルコアScorpion版のSnapdragonでは、2個のScorpionコアをそれぞれ独立した動作周波数と電圧で駆動できる非同期型の電力制御を行なっている。コア毎に、周波数だけでなく電圧も制御するため、2つのコアの負荷にばらつきがある場合も電力を最適化できる。

 SnapdragonのGPUコアのAdrenoは、PC向けGPUと同様のユニファイドシェーダアーキテクチャで、頂点とピクセルのどちらのプロセッシングも同じシェーダプロセッサで行なう。ラスタライザやピクセルラスタオペレーションなどは固定ユニットで備える。APIではOpenGL ES 2.0などに対応する。Qualcommではツールとして「Adreno Profiler」などを提供している。Qualcommは現行のAdreno 2xx世代でSpherical HarmonicsなどのGPUにとって重い処理を行なわせるデモをGDC(Game Developers Conference)で公開している。

 こうした第1〜3世代までのSnapdragonを、第4世代ではどのように拡張するのか。まず、Kraitでは、動作周波数を引き上げ、アーキテクチャ上では最高2.5GHzをターゲットとする(製品計画では1.7GHzとなっている)。また、動作周波数を上げるだけでなく、サイクル当たりの命令実行も拡張する。QualcommのLuis Pineda氏(SVP, Product Management,Computing & Consumer Products)は、命令発行数を増やすのかという質問に対して「そうだ。より多くのIPC(Instruction-per-Clock)を達成し、周波数当たりのドライストーンMIPS値を向上させる」と答えている。

 ARM Cortex-A15も命令デコードを3命令にまで拡張しIPCを引き上げ、同時に動作周波数を上げる。しかし、Pineda氏は「われわれのKraitはCortex-A15を上回るパフォーマンスになる。来週のサンプルチップでそれが証明されるだろう」と語る。Qualcommの試算では、KraitコアはCortex-A15に対して同じプロセス技術で23%高いパフォーマンスを達成できると言う。Cortex-A9に対しては80%以上のパフォーマンスアップを狙っているという。

 Kraitコアの製品で最初に登場するデュアルコアのMSM8960は、モデム統合のワンチップソリューションとなっている。「MSM8960はハイパフォーマンスであるだけでなく、我々の4G LTEモデムを統合する」とPineda氏は言う。こうした点が、非通信チップから参入して来たベンダーに対する利点になると見ている。デュアルコアのMSM8960が統合するGPUコアはAdreno 225で、基本アーキテクチャは同じだが133トライアングル/secの性能になるという。

 Kraitではシングルコアとデュアルコアだけでなく、クアッドコアも用意することで広いパフォーマンスレンジをカバーする。Kraitシングルコアは「MSM8930」で、こちらもLTEモデムを統合したシングルチップソリューションになる。デュアルコアのMSM8960との大きな違いは、GPUコアが次世代のAdreno 305になること。ただし、こちらもGPUコアの概要は明らかにされていない。

 Kraitクアッドコアは「APQ8064」。型番が異なるのは、3G/4Gネットワークモデムが別チップになっているためだ。コンピューティングによりフォーカスした製品となっている。

 APQ8064では4個のコアは、それぞれ独立した周波数と電圧での動作が可能。GPUコアはAdreno 320で、このコアはクアッド構成となっている。WANネットワークは備えていないが、Wi-Fi、GPS、Bluetoothといった無線機能は搭載、またPCI Expressインターフェイスなども備える。

 シングルコアMSM8930とクアッドコアAPQ8064は、2012年の早期にサンプルが提供される予定で、COMPUTEXでも計画通りに進んでるとアナウンスされた。

 COMPUTEXでも激戦区はすでにPCではなく携帯デバイスに移っている。その中で、当初のアドバンテージを維持するため、QualcommはSnapdragonの強化を急いでいる。

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